歴史からみる円高・円安③
円高にようやく傾きはじめた日本。
自国の通貨が高くなる方向に傾くのは、経済基盤が大きくなってきている証拠です。
そしてアメリカとの主要取引国であった日本はますます収益が黒字に傾いていきます。
■ 高度経済成長期
昭和46年から日本では完全に変動相場へ以降しました。
ドルの価値が暴落し、日本との対通貨は円安に進みました。
つまり日本は貿易黒字をたたき出し、アメリカは貿易赤字が膨らむ一方になりました。
ここでアメリカは【円を切り下げろ】や【輸入を解放しろ】などという動きを求めてきます。
ドルの暴落に伴い、日本の通貨も200円台まで切り下げがおこなわれました。
しかしこれも一時的で、200円台の間をうろうろするようになります。
■ 日本バブル突入
日本がバブルに突入したきっかけは【プラザ合意】が原因だとする学者が多いです。
アメリカでは激しいインフレが起こっていたため、この経済変動を調節するために開催された会議になります。
この会議の結果、日本では円高懸念が膨らみ、それを懸念した中央銀行が低金利政策を実施しました。
そのため日本では不動産を中心とした土地バブルが勃発しました。
このプラザ会議の評価についてです。
この会議ではインフレは抑えることについてはある一定の評価がされています。
しかしその一方で財政赤字を生み出す原因になり、「失われた10年」の発端にもなっているとの見解があります。
■ バブル崩壊
バブルが崩壊したのは1990年代になります。
1990年代には為替が120円台になり、バブル崩壊直後では79円75銭にまで下落します。
この価格が東日本大震災が起きるまでの、日本の対ドル最高円高だったのですね。
そしてこの波を受けて、株式や土地の価格も上昇がストップ、逆に下落が止まらなくなりました。
平成に入ってからは長く続く低金利時代の突入で【不景気】ばかりが叫ばれるようになりました。
またこの時期から世界の経済の連動が激しくなっていきます。
アメリカのサブプライムローン、最近起きたギリシャの財政難などもダイレクトに日本にも影響を与えました。